交通事故による傷害の治療で健康保険を使おうとすると、病院側から、「事故の治療に健康保険は使えません」と言われることがあるようです。
現在はこのようなことを言う病院は減っていると思いますが、私(本田)の経験上も、間違いなくそのような医療機関は存在します。
ですが、結論的に言いますと
「交通事故の治療に健康保険を使うことは可能です。」
この点については、旧厚生省の昭和43年10月12日付保険発第106号「健康保険及び国民健康保険の自動車損害賠償責任保険等に対する求償事務の取扱いについて」という通達がありまして、
「自動車による保険事故も一般の保険事故と何ら変りがなく、保険給付の対象となるものであるので、この点について誤解のないよう住民、医療機関等に周知を図るとともに、保険者が被保険者に対して十分理解させるように指導されたい」
とされているのです。
赤い本平成26年版の1頁にも「交通事故の場合でも健康保険証を提示することにより、健康保険制度を利用することができる。」と明記されています。
私(本田)が過去に関わったケースでも、上記通達のことなどを丁寧にご説明して、その上であくまで健康保険使用を拒否されたという件はありません。
交通事故による傷害の治療で健康保険を使用する場合、「第三者による傷病届」という書類を、ご加入の健康保険に提出しなければなりません。
健康保険を使用すれば、治療費の7割程度は健康保険側が払ってくれますが、その7割分については、本来加害者が払うべきものを健康保険が「立替払い」しているわけですから、後日健康保険側から加害者側に対し、「立替えた分を払え。」という請求することになります。
このような立替分の請求をするために、加害者の氏名住所等を記載した届出をしておく必要があるわけです。
なお、この「第三者行為による傷病届」をする際の添付書類の中には、加害者側に書かせる「念書」というものがあると思います。
これは、加害者側が、「健康保険側から「立替払い」の請求を受けた場合に適正に支払う」、という内容の書類ですが、加害者側ともめている等の場合には、書いてもらうことは困難かもしれません。
そのような場合には、「加害者の念書」がなくても、とりあえず被害者で作成できる「第三者行為による傷病届」等だけを作成して、提出してしまって良いでしょう。 私の経験上、「加害者が念書を書いてくれなかったから健康保険が使えなかった」というようなケースはありません。
交通事故の治療に健康保険を使うメリットは、端的に言えば「治療費が安くなること」です。
医療機関に支払う診療報酬については、「保険点数」という単位が用いられており、例えば、「初診料」であれば「270点」、「消炎鎮痛処置」であれば「35点」というように計上されます。
ここで、仮に、事故で頸椎捻挫を負ったAさんが、1ヵ月間に10日整形外科に通院し、その「技術」(消炎鎮痛処置等)にかかる点数が「2000点」だったとしましょう。
もしこの費用を、健康保険を使って支払うとすれば、健康保険では「1点10円」で計算されるので、治療費は
2000点×10円=2万0000円
となり、しかも健康保険では3割しか負担しなくて良いので、Aさんは6000円しか手出ししなくて良いことになります。
他方、健康保険を使わない場合、「技術」の点数については、「1点12円」かつ、さらに「20パーセントを加算」するという基準(日医基準)をとっている医療機関が多いので、その場合、治療費は
2000点×12点×120%=2万8800円
と高額になり、かつ、Aさんがその全額を払わなければならないことになるのです。
Aさんの自己負担を見ると、
健康保険使用 = 6000円
健康保険不使用 = 2万8800円
と、大変な違いになることがお分かりになることと思います。
要するに、健康保険を使えば治療費の総額が安くなり、かつ、被害者は、その安くなった額の3割分だけを払えば治療が受けられる、ということになるのです。
このように、健康保険を使えばいいことづくめのようですが、健康保険を使用した場合、医療機関の収入は減りますので、その意味で医療機関との関係が悪化するおそれもあります(残念なことですが…)。
ですので、実際に健康保険を使用するのは、被害者側にとって特に必要性の高い場面にしておいた方が良いかもしれません。
交通事故の加害者の過失と任意保険加入の有無については
という3種類の分類が可能です。
このうち、①のケースについては、治療費を全額加害者側に請求でき、かつ支払いを期待できる、「治療費が高くても低くても構わない」という状況であり、あえて健康保険を使用する必要はないかもしれません。
他方、②のケースについては、例えば治療費が300万円かかったとする場合、自賠責からはケガの治療費は120万円までしか出ませんので、足りない180万円は加害者本人に請求するしかありません。
ところが、任意保険に入っていないような加害者はお金がないので、結局「加害者側に請求できるが、結局は回収できない」という結果に終わる可能性があります。
そうなると、「治療費は安ければ安いほど良い」ので、健康保険を前向きに検討するべきです。
また、③のケースでは、被害者にも一定の過失割合があるので、被害者側も治療費の一部を負担することになります。
例えば、被害者の過失が4割という場合、治療費のうち4割は被害者側が負担することになり、「治療費は安ければ安いほど良い」ので、健康保険を前向きに検討するべきです。
以上から、②や③のケース、特に、治療費が120万円を超えるようなケースについては、健康保険を使用する必要性が高い、ということになります。
もっとも、健康保険使用については、病院側の誤解等によりなかなか使用が認めてもらえず、無用の軋轢を生むケースもないではありません。
そのような場合には、この種の問題の扱いに慣れている弁護士等にご相談いただいたほうが良いでしょう。
ところで、健康保険の使用に関しては、赤い本1頁に気になる記載があります。
「交通事故の場合でも健康保険証を提示することにより、健康保険制度を利用することができる。なお、この場合には自賠責の定型用紙による診断書、診療報酬明細書、後遺障害診断書を書いてもらえないことがあるので、事前に病院と相談されたい」
というのです。
上記の書類のうち、「診療報酬明細書」については、確かに健康保険を使っている以上健康保険書式のものになることは止むを得ないかも知れませんが、「診断書」や「後遺障害診断書」を書かないと言われるのは、到底容認できないですね。
そもそも、医師には診断書作成義務(医師法第19条第2項)があるので、診断書を作成しない、ということは許されないのですが。
この点、某県の医師会の作成している書式を見ると、交通事故で健康保険を使用しようとする患者に対して
「私が健康保険で治療した場合は、損害保険会社所定の用紙でなく貴院所定の用紙により診断書等の書類を作成することに異議なく同意します。」
旨の「同意書」を作っている所があるようで、某県ではこのような書式に沿った取り扱いをしている医療機関もあるのかもしれませんね。
このような病院については、「貴院所定の用紙による診断書」で自賠責の手続きを進めることが出来るのであれば問題ないですが、そのような内容になっているのかどうかは病院側ときちんと詰めておく必要があるでしょう。
なお、私(本田)は、これまで多くの交通事故被害者の方々に(必要な場合には)健康保険使用を勧めて来ましたが、それらの被害者の方々について、自賠責書式の「診断書」、「後遺障害診断書」を書いてもらえなかったというケースは(今のところ)一件もありません。
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